日本人とパールの密接な関係を紹介します。
「真珠」という言葉は、紀元前千年ごろから中国で使われていたようです。
日本では、最古の正史である日本書紀に、既にその記述が見られます。
現在のような研磨加工技術が発達する以前は、取り出された瞬間から丸く優美なきらめきを放つ物質は、真珠のほかにありませんでした。
「ごく稀に、貝の中から生まれる」というロマンティックな誕生もまた、その美しさにいっそうのきらめきを添えたのでしょう。
我々の祖先は、真珠をこよなく愛し、大切に守ってきました。
日本人とパールがより密接な関係になるのは、19世紀後半に入ってからのことです。
「真珠王」の名で知られている御木本真珠店の創始者、御木本幸吉翁が世界に先駆けて養殖真珠の産業化に成功しました。
養殖真珠そのものは、13世紀ごろから中国で行われていましたが、これを世界的なものにしたのは、御木本氏の功績です。
この間には、当然様々な苦労がありました。
核となる異物には、何を使えばいいのか、どこに入れればいいのか。
貝の健康を守るためにはどうしたらよいのか。
解決すべき問題は山積みでした。
御木本幸吉氏は持ち前の情熱と、天性の人好きする性格によって、多くの人の知恵と力を借りながら、ついに真珠養殖の産業化という偉業を成し遂げました。
現代においても、ミキモトは世界屈指のパールメーカーとして君臨しています。
あこや貝から生成されるもっともポピュラーな「本真珠」は「和珠」の愛称で親しまれ、現在でも世界市場の大部分を日本産が占めています。